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Archive for the ‘和歌の浦について’ Category

今朝9時から12時まで、30名近く(でしたでしょうか;)玉津島さまに集合し、不老橋・あしべ橋付近までの清掃を行いました。
みちしるべの会のブログに 、その模様がUPされています →

草刈りが主な作業となり、普段運動不足の私はバテバテ・・帰ってから蝉の抜け殻のようになりました。。みなさまお疲れさまでした。

今日の第一回目のクリーンアップは、和歌の浦で活動される皆様と集まることができた喜びと、汗をかきながらとにかく和歌の浦のために体を動かすこと、これを皆で地道に続けていかなくては、と強く思った時間にもなりました。今後も「和歌の浦クリーンアップ隊」として和歌の浦をきれいにしていきましょう!(* ̄0 ̄*)ノ オォー!!

次回はわかのうらひがた倶楽部が担当ということで、まだまだ皆様に教えて頂くことばかりですが、積極的に動いていけるよう努めますので、よろしくお願いいたします。

チラシはこちらです。ご協力お願いいたします。(チラシ更新 5.28)

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私事ですが、今日は大阪に住む曾祖母に会いに行ってきました。
曾祖母は海南市黒江出身の、104歳の元気なおばあちゃんです。
親類で集まってお誕生日のお祝いをしたのですが、そこで興味
深い話が出てきました。

「むかしはな、黒江から和歌浦まで歩いたんよ」

車社会にどっぷりはまっている私からすると、黒江ー和歌浦間を
歩くなんてちょっとした気合いのいることに感じてしまいますが、
歩いてこそ感じる和歌の浦の良さは今でも残っているのか、少し
不安にもなりました。

大学院の研究の際、和歌の浦の「自然」の定義について悩んだこと
があったのですが、良し悪し手の加えられた和歌の浦のまちを今後
どのように活かしていくのか、より興味深く思った一日でした。

今週はまた、別の親類が和歌の浦を訪れます。
全盛期の和歌の浦を想って訪れる方がどのように感じるのか、後日
レポートしたいと思います。

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2011.2.23(水) 
「和歌の浦地区観光プロモーションについて」の第一回懇談会があり、出席させていただきました。

和歌山リビング新聞社主催。
想像していたものより大きな懇談会で、和歌の浦に関する活動をしている方々や地域の方など、40数名集まりました。

和歌の浦の観光資源を調査・収集し、webやリビング新聞で発信、インフォメーションセンターを万葉館に設置することが目的です。


「パブリックガーデンとしての和歌の浦」と題して、米田先生からご講演があり、1時間のディスカッションがありました。懇談会の根本の目的を共有できていなかったためか、不満が上がることもありました。
気になった問題点は以下の2つです。

【問題点】
1、和歌の浦で活動しているメンバーは個々にあるが全体をどう理解させるか。
 点と点をどう線で結ぶか。和歌の浦に関する会議で何度聞いたかわかりません。
 時間が経っても解決しない、長く長く皆が共通して感じている問題です。

2、和歌の浦に集客したくても、ハード面でのサポートが足りない。
 道路標識や案内板がない、交通手段が少ない・・・市や県が和歌の浦を推すんだ!という強い気持ちで計画をサポートしてくれないと、和歌の浦の住民・市民・県民の観光意識は上がらないということです。
 
この問題点をぶつける相手がリビングさんではないのはよくわかりましたが、やるからには、市や県の協力なしでは成功しないのではないでしょうか。

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ディスカッションの間で思いついたことを記しておきます。

幅広い年代に訴えかけるひとつの手段として『和歌の浦の色を決めること』を思いついたのです。
思いつきなので、賛否両論はあるかと思います。ご覧頂いた方はご意見ください。

私はこの「わかのうらひがた倶楽部」を担当するようになってから、自分がやるからにはもっと若い世代、こどもたちにも和歌の浦のことを知ってもらわなければと思っています。
今回はもっと大きなスケールで、ひとつのまちづくりとして捉えています。
和歌の浦全体をアピールしていくのであれば、webや新聞などの媒体に加え、まち全体に統一感を与えることが必要だと考えます。お年寄りにもこどもにも伝わりやすいもの、それは「サイン」=色や形です。その「サイン」を出すことが必要なのではないでしょうか。

例えば和歌の浦の色を決めるとしましょう。
緑、ブルー、いろんな意見があるかと思いますが、仮に緑にするとします。
和歌の浦の色が緑なのであれば、和歌の浦行きのバスは緑にします。パンフレットも、貸し出し自転車も、自転車で回るコースに設置する自動販売機も、参加するお店や旅館も、すべて緑の目印をつけます。もちろんwebや新聞の色も緑です。

町で緑のバスや自転車が走っていたら「和歌浦のバスだ、自転車だ」と気付いたり、新聞を見たときにパッと色で認識させると、統一感が出ると思うのです。
黒江の漆器のまちでオレンジの提灯を飾っているように、また和歌の浦のまちにも同様の仕掛けはできないでしょうか。

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“和歌浦が何か楽しそうだよ”という発信を今後どのようにしていくのか、展開が楽しみです。

最後に、昨日のひがたの写真。
やはりひがたを見ると落ち着きます。穏やかなひとときでした。

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昭和40年代まで盛んだったらしい和歌海苔の養殖。
私がその存在を知ったのは6〜7年前ですが、その頃よりも竹竿が減っています。
無くなってしまう前になんとか維持できる方法はないのでしょうか。
一度は食べてみたいなぁ・・


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読売ONLINE  [平成万葉集]より藤原卿のうた

玉津島 見れども 飽かずいかにして 包み持ち行かむ 見ぬ人のため

http://www.yomiuri.co.jp/man-yo/20090518-OYT8T00583.htm

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和歌の浦について学ぶ上で、多田道夫先生のお顔が必ず目に浮かびます。
和歌浦でお生まれになり東京大学をご卒業され、和歌山大学の名誉教授
(専門はフランス文学)、かの「和歌の浦景観保全訴訟」の原告団副団長を
務められました。
景観保全運動の後も、常に和歌の浦の景観について前線でご尽力され、
よくいろんなお話を聞かせて頂いたものです。

今日は先生の命日。(2008.6.2にご逝去されました)
物腰がやわらかく、でも皆にしっかりじっくりと意思を述べられる、笑顔の
素敵な先生でした。
先日和歌の浦が名勝国指定を受けたこと、きっと笑顔で喜んで見守ってくだ
さっていることでしょう。

ニュース和歌山の記事での笑顔が目に浮かびます。
http://www.nwn.jp/kakokizi/20070207/itimen1/itimen1.html

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「和歌の浦」ではなく「和歌浦」ではないの?と思った方も
多いのでは ないでしょうか。
現在一般的に呼ばれている「和歌浦」は広く、新和歌浦なども
含めた一体を指しているようですが、もともと「和歌の浦」と
呼ばれるのは片男波周辺を指すようです。

さて「和歌浦」の語源として、「明けの浦」や「若の浦」が
挙げられます。
またそれらは県名である「和歌山」にも通ずると言われています。

山部赤人に詠まれたこの一首
『若の浦に潮満ち来れば潟を無み葦辺をさして鶴鳴き渡る』
ーわかのうらに潮が満ちて干潟が無くなったので、芦辺に
  向かって鶴が鳴きながら渡っていくよー

「若の浦」は「和歌の浦」、「潟を無み」は「片男波」に。

ことばはこうして受け継がれてきたのですね。

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